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  • 執筆者の写真取材部・エンカレ東大支部

白川・元日本銀行総裁からのメッセージ

更新日:2023年10月29日

 白川方明・元日本銀行総裁から東大就活生に向けてのメッセージを頂きました。


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 私が就職活動を行っていたのは今から50年以上も前の1971年3月頃だった。1年近くに亘った大学紛争の影響で本郷への進学が大幅に遅れ、就職希望先に提出する大学の成績表も2年生までの分を提出するだけだった。中央銀行である日本銀行を就職先として選んだのには2つの理由があった。ひとつは経済学の知識を使ってパブリックな仕事をしたいと思ったこと、もうひとつは日本銀行を訪ねた時に最初の面接で会った人が素晴らしかったことである。両方とも偶然の所産という面が強い。後者は正に偶然であるが、前者についても、紛争時代に誘われて参加した読書会で村上泰亮先生という立派な先生に出会い法学部から経済学部に進路変更をしたことが大いに関係している。



 結果的に私は日本銀行で39年間働くことになったが、幸い仕事はやりがいがあり面白かった。本当に恵まれた職業人生活を送ることが出来たと思う。ただ、就職活動をしていた当時後年感じるようになった日本銀行の仕事の面白さについて分かっていたかと言うと、そうではもちろんなかった。こう言うと身も蓋もないが、就職とは自分の「効用関数」もよく分からないにもかかわらず、不完全な情報と最大限の不確実性の下で行わざるを得ない意思決定の典型のように思える。



 中央銀行である日本銀行の目的は物価の安定と金融システムの安定である。経済の持続的成長や社会の健全な発展のために必要な基盤(インフラ)を金融面から提供する組織であると言っても良い。中央銀行はインフラを提供するという点ではパブリックな目的を持った組織である。しかし、その目的を達成するに当たっては金融資産の売買という市場メカニズムを活用するという手法に依っており、その点では民間的な組織でもある。中央銀行のユニークさはパブリックな組織と民間的な組織のハイブリッド性にあると思う。



 今日のような中央銀行は何故生まれたのだろうか。経済の歴史を振り返ると、熱狂的な経済のブーム状態は最終的に大きな落ち込みで終わるケースが多いことに驚かされる。日本のバブルやその後のバブル崩壊・金融危機の経験然り、米国の住宅バブルと崩壊後のグローバル金融危機然りである。我々は長い経験の中でそのことを知っている。短期的な動きだけを見て行動すると長期的には不安定な動きになることを自覚するが故に、お金を発行する中央銀行に独立性を与えて何らかのブレーキ役を果たす役割を託すようになったのである。これが中央銀行の独立性という考え方である。したがって、中央銀行の仕事はほぼ定義的に不人気とならざるを得ないし批判も浴びやすい。それでも、それは社会から託された仕事である。その際に必要なことは経済・金融に関する専門的知識と使命遂行への誠実性である。



 中央銀行の目的はこのようにパブリックなものでありマクロ的なものであるが、法律や命令ひとつで金融機関や企業、家計の行動を自由に変えられる訳ではない。中央銀行はあくまでも「最後の貸し手」として貸出を行ったり金利水準を調整することを通じて金融機関、ひいては企業や家計の行動に影響を与え、それによって最終的に経済の安定を図ろうとする組織である。用いる手段は金融市場への働きかけである。一例を挙げると、2008年9月に米国のリーマン・ブラザーズ社が経営破綻した時、世界中で金融市場には激震が走り、1930年代の大恐慌のような状態に陥る寸前までいった。その結果、日本の金融機関や企業はドル資金の調達が困難になった。この時、日本銀行は米国の中央銀行に対し円資金を無制限に担保として差し出すことによってドル資金を無制限に借り入れるようにし、そのドル資金を日本の銀行に貸付け、銀行は企業にドルを貸し付けた。こうした措置の効果もあって、最悪の事態は何とか防ぐことが出来た。市場での果断な行動によって経済に大きな影響を与え得ること、そうした行動を可能にするには無数の「実務」があり、そして実務を工夫することに仕事の面白みがあるといった感覚は学生時代の私には全くなかった。



 私にとって日本銀行での仕事はやりがいがあったが、かと言って、これから就職活動をされようとしている皆さんに対し、自分の経験に基づいて就職に関する具体的アドバイスが出来る訳ではないことも認識している。ただ日本銀行という特定の職場を超え、職業としてのパブリックな仕事一般について敢えてひとつだけ感想を述べることを許して頂ければ、その重要性や面白さに想像を巡らして欲しいと思っている。現在世界を見渡すと、グローバルが進展する中で、政治の世界にしても経済の世界にしても、ルールや枠組みを作ることの重要性は一段と増大している。日本としてはルールや枠組みは外から与えられるのではなく、自分達も作っていくという気概が必要である。国の大きな方向性を決めるのは政治家であるが、政治家が適切な決定を行うことの出来る大前提は、パブリックな部門に働く職員によって十分な判断材料が提供されることである。それが可能となるのはパブリックな仕事に従事する人々の情熱と、それによって支えられた専門的・技術的知識である。



 前述のように中央銀行はハイブリッドな組織として金融と深く関わっているが、職業としての金融についても一言述べると、パブリックな仕事と同様、金融は学生にとって手触り感を持って理解することの難しい世界ではないかと思う。しかし、どのような経済取引も物々交換ではない以上、通貨や金融と無縁ではあり得えないことを考えると、その潜在的重要性は容易に想像出来ると思う。実際、スタートアップ企業にとっては昔も今も資金調達は大きな課題である。近年は地球温暖化等の環境問題にしても多様性の確保といった社会課題についても、金融のルールや慣行のあり方が問われるようになっており、金融を通じて世の中に働きかける領域が潜在的に大きいことを物語っている。



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 変化の激しい時代にあってどの仕事もチャレンジングである。皆さんが自らの効用関数を発見し自らの能力を最大限活かせる就職先と出会うことを、社会人の一先輩として願っている。



白川 方明 2023年9月11日



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執筆者と免責事項

書き手=白川 方明(しらかわ まさあき、1949年9月27日 - )


第30代日本銀行総裁(2008~2013年)。経済学修士(シカゴ大学)。1949年福岡県生まれ。1972年東京大学経済学部卒業。1972年日本銀行入行。現在、青山学院大学国際政治経済学部特別招聘教授。


担当=尾澤颯(東京大学公共政策大学院修士2年)、長廣美乃(東京大学大学院人文社会系研究科2年)


※記事は必ずしも特定組織の公式見解を示すものではありません。

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